横浜は近代水道(現在の蛇口型)の発祥の地だった

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こんばんは。

今日の夕飯は大好きな豚汁と冷しゃぶサラダを食べてごきげんなDoさんです。うちの奥様、日に日に料理の腕を上げていて、その努力に感心しちゃいます。

今日は、その夕飯中に気になることがあったので、それを今日の話題にしますね。

その気になることとは、『水』に関することです。

皆さんも1日に何回か水を飲むと思うんですけど、その『水』って現代では蛇口をひねるだけで好きなだけ出てきてくれて凄く便利ですよね。今はそれが普通ですけど、120年くらい前までは井戸から汲みあげるのが一般的だったわけで、この進化ってかなり凄いことなんだと思うんです。でも、現代では今の水道のスタイルが普通になっちゃってるからあまり気にもしませんよね。

今日はそんな『近代水道』の歴史を少し調べてみました。

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近代水道は横浜が発祥地だった

横浜市水道局のホームページから

横浜の近代水道は、120年以上前の1887(明治20)年に、日本で初めて完成しました。
近代水道とは、ろ過できれいにした水を鉄の水道管で圧力をかけて蛇口へ送る、現在、みなさんが使っている水道のことです。
横浜は、1859(安政6)年に港が開かれてから、急激に人口が増えましたが、海や沼を埋め立てたところが多く、井戸を掘っても塩からい水ばかりで、飲み水が足りませんでした。
そこで、イギリス人技師のヘンリー・スペンサー・パーマーさんに、横浜水道の計画を依頼し、2年6か月かけて工事を行い、近代水道を完成させました。

今の蛇口スタイルが横浜から始まったってことにも驚きましたし、この近代水道の生みの親は日本人じゃなくてイギリス人だったということにも驚きました。『日本の水道は凄い』って言っている外国の人がよくいるので、てっきり日本人が作ったんだと思ってたら違ったんですね。

ヘンリー・スペンサー・パーマーさん来日から近代水道完成まで

1883年に中佐として来日、神奈川県より横浜上水道建設計画の依頼を受け、3ヵ月で実地測量から計画まで完成させて多摩川取水計画と相模川取水計画の2案を県に提出して帰国する。 翌年神奈川県から招聘され、1885年に大佐として再来日。 水道工事の全てを任されると、水源を相模川支流の道志川とし野毛山配水池に至る総延長48kmの横浜水道建設を着工、顧問工師長として指揮にあたる。 翌年1887年少将に昇進、翌年に定年退職し、2年に及ぶ工事を完了、日本初の近代水道を完成させた。

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このヘンリー・スペンサー・パーマーさん、48キロという距離の水道工事をたったの2年で完成させてしまうなんて、本当に凄い人だったんですね。

きっとこれから水を飲むときは、ヘンリー・スペンサー・パーマーという名前を思い出して飲むと思います。

横浜の水はおいしいの?

僕は横浜で生まれ育ったんですけど、まずいと思ったことは一度もないです。

ただ、よく他の地方から横浜に来られた人が『横浜の水はおいしくない』って言っているのを耳にしたことがあります。

でも安心してください、横浜は世界的にもおいしくて有名な道志川から水を引いているので、まずいどころか、かなり美味しい部類に入ると思います。484dd2e341df0e721d88495b9bd21e15_s

また、かつては各国の船乗りたちの間で『赤道を超えても腐らない水』として重宝されたようですよ。

横浜市の国道1号線の鶴見区某所には、山からのきれいでおいしい湧き水を汲める場所もあって、そこで汲んだ水でご飯を炊くと凄く美味しいんだとか。

ここは横浜駅方面から川崎方面に向けて車を走らせていくと右側に見えてくるので、気になる方は行ってみてはどうでしょうか?!

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