信玄餅や吉田うどん、山梨には安くて美味しいものがいっぱいありました

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Doさんのブログにようこそ!

信玄餅の詰め放題が「桔梗屋」の本社工場で出来るらしい。

桔梗屋のホームページにこの情報が載っていて、信玄餅が大好きな僕たち夫婦としては体験せずにはいられなくなってしまい、行ってみることにしました。

中央道の一宮御坂I.Cから137号線を少し走らせると10分くらいで着く所に工場があります。

僕たちは朝の9:00くらいには現地のそばに着いていたので、少し余裕をこいていたのですが、現地についてビックリさせられました。

本日の整理券

どういうこと?

みんな何時に来てんの?

あまりの時間の早さに悔しさも湧き上がらず一瞬で諦めがつきました。

みんな信玄餅のためにここまで頑張るんですね。

僕たちの信玄餅愛はこの人達には敵わないということですよ。

詰め放題はまた今度気持ちを改めて出直してこよう。

目的が一つ無くなってしまった僕たちは気持ちを切り替えて「桔梗屋」の本社工場の工場見学をすることにしました。

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詰め放題会場の目の前にある本社工場

9:00~16:00の間であれば誰でも無料で工場の中での生産過程を見学できます。

中の様子は写真では載せませんけど、とても面白いものでしたよ。

特に、信玄餅が機械でパックされた後に人間の手によって包装されていくんですけど、中には手元を全く見ないで完璧にこなしている人もいて、その速さと正確さはまさに「神技」でした。

工場内に飾られていた信玄餅の巨大パッケージ。

それを食べたそうに見つめる僕の妻。

工場見学はあっという間に終わってしまいましたけど、けっこう楽しくていい思い出になりました。

見学後はお土産売り場で買い物も楽しめて、おすすめできる場所です。

桔梗屋の工場見学を終えた僕たちの次の行き先は「河口湖」の湖畔にある「大石公園」。

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公園入り口のところにアイスクリーム屋さんを発見

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普通のソフトクリーム、ブルーベリーのソフトクリーム、ミックスの3種類があったので、ミックスを頂きました。

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河口湖を見ながらのソフトクリームは格別。公園の緑の雰囲気も相まってその美味しさは何倍にも感じました。

大石公園内にはたくさんの花が咲いていて、とても癒やされます。

散歩して体を動かしたところで、そろそろお腹が空いてきたのでここいらでなんか美味しいものを食べますか。

山梨といってすぐに思いつくのが「ほうとう」だと思うんですけど、今回僕たちは「吉田うどん」をチョイスしてみました。

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河口湖からほど近い場所にある「吉祥」さん。

昔ながらの店構えにはホッとさせられるものがあります。

注文やお水などはセルフサービスで、注文は紙に書いてレジまで持って行くというちょっと変わった感じのスタイルでした。

はじめての「吉田うどん」。どんなのかなぁって想像しながら待っていたら、けっこうすぐ出てきました。

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写真上が僕の注文した全部のせうどん(暖かい)で、写真下が妻の注文した冷やしうどんです。

全部のせの方にはちくわの天ぷらときんぴら、ネギ、人参、わかめ、肉、ゆでキャベツがのっていました。

冷やしの方はちくわの天ぷらときんぴらがのっていませんでしたけど、あとは変わらず。

この二つ、見た目も味もそんなに変わらないんですけど、一つだけ全然違ったのが、

うどんの硬さ。

吉田うどんの特徴なんでしょうけど、暖かいうどんより冷やしの方が固くてコシがありました。

味も良くて、うどんもコシがっていいんですけど、あごが少々疲れます。

さぬきうどんのコシとはぜんぜん違う感じで、新しい食感を体験できました。

そして今回最後に訪れた「六角堂」

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写真の施設の説明にはこう書かれています。

日蓮聖人は文永6年(1269年)国家安泰を祈念するため、富士山中腹の地で法華経を暗誦せられ、書写された法華経分を経筒に納められて地中に埋めた。この地が富士山登山道五合五勺の経ヶ岳である。その後、日蓮聖人はしばらく小立の地で説法をし、信者となった村人が鼻曲の地に草庵を建たが、文永11年(1274年)村落に近い、川窪の地に信徒の中心であった妙法、妙吉、日長が御堂を建てた。
このことは、「妙法寺」の草創期からの寺の歴史に関する資料を調査し、まとめあげた文書「妙法寺史録」に記されている。また、史録によると永禄2年(1559年)12月7日、大雨が降り富士山の雪解けにより湖水があふれ、諸所の法華堂は流出し、村落や寺も水没してしまった。そこで、翌年永禄3年(1560年)2月、現在地に妙法寺を移築したとしている。
現在地に移るまでの285年間は、この川窪の地に妙法寺は存在していたのである。このことは小立地区民のみならず、周辺の住民にも寺屋敷などと呼ばれ親しまれていることや、寺の敷石・土台石・踏石などが残されていることからも明らかである。そこで、町ではこの地を史跡として残すべく保存施設としての「六角堂」を建て、長く後世に受け継ぐものである。

街の人達が大切にしているということが伝わってきます。

この六角堂は時期によっては周囲が水に浸かってしまって行けないそうなのですが、今回は水がひいていて行けてラッキーでした。

社の中には国内外の硬貨がたくさん入れられていました。

海外の観光客からも人気を集めているところのようですね。

山梨県は、あまりお金を使わなくても楽しめる場所が多くてしょっちゅう行くんですけど、吉田うどんを覚えたことでまた楽しみ方が増えました。

六角堂も8月12日現在で問題なく行けたので、行ってみたいという方は早めに行ってみてはいかがでしょうか。

 

Doさん
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

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